プロフィール


 私達日本人にとって、ロマネスクとの出会いのチャンスは極めて限られたものです。
 そのため、ロマネスクを語る人には、ロマネスクに魅了され、虜となったその人だけの「ロマネスク体験」があるはずです。

 私にとって、「ロマネスク体験」は次のようなものでした。

 1987年夏のパリ。
モンマルトルのサクレ・クール寺院を出て似顔絵描きが集まるテルトル広場に向かって歩いていた私は、雑踏と暑さに疲れ、休息できる場所を探していました。
 テルトル広場の入口に、サクレ・クール寺院とは余りにも対照的な小さな教会がありました。教会のドアを押して入っていく人の姿に、私は誘われるようにして中に入りました。

 教会の中は静寂と冷気に包まれた別世界でした。そこには、母の胎内のように限りない優しさと、匂うような淡い光に満ち溢れた空間がありました。私は礼拝堂に置かれた椅子に座り、小さな明かり取りから差し込む光に浮かぶ、ゆるやかな曲線を描いた石造りの祭室に魅了され、すっかり我を忘れていました。

 この時の体験は、殆ど嗅覚、触覚に似た感覚として、私の体に刻み込まれたに違いありません。


 そして、1993年5月のニューヨーク。
 時間をもてあましていた私は、ハーレムの北にあるメトロポリタン美術館の分館・クロイスターズ(ヨーロッパ中世美術を集めた美術館。フランス・キュクサの回廊の一部が移設され再現されている)を訪ねてみることにしました。ヨーロッパ中世の宗教美術はどれもこれも同一に見え、私の興をそそるものではなかったので、それまでは訪ねてみようと思ったこともない場所でした。

 中世フランドルの画家・ロベール・カンパンの祭壇画を見て、回廊を抜け、広い建物の中に入り、そこに再現された祭室を目の前にしたその瞬間、私の体に刻み込まれていた6年前のパリの礼拝堂でのあの感覚が突然蘇ってきました。祭室はスペインのフェンティドゥーニャという村のロマネスク教会から移設されたものでした。
 そして、帰国後、パリのあの礼拝堂がサン・ピエール教会といい、サン・ジェルマン・デ・プレ教会と並ぶ、パリで最も古いロマネスク教会のひとつであることが分かりました。

 私は、この時、私の体に刻み込まれていたあの感覚が「ロマネスク」であることを初めて知りました。

 ここから、私のロマネスク遍歴は始まったのです。



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